2度目のバリ旅行記

1日目 (移動)夜 デンパサール着
2日目 SPA クタの街(テロの日)
3日目 バロンダンス ヌサドゥアでマリンスポーツ ドリームランドビーチ ウルワトゥ寺院 ケチャダンス クタ
4日目 スミニャクで買い物 デンパサールで買い物 ウブドのテガララン クタ
5日目 キンタマーニ高原 タナロット寺院 デンパサール市場 クタ
6日目 クタ観光 クロボカン、スミニャックのビーチ クタ 夜飛行機
7日目 (移動)夕方 天津の家に戻る

10月2日(日) 3日目 ヌサドゥアでマリンスポーツ等

■朝食をすませて車で出発

 朝8時45分に待ち合わせなのでそれまでにホテルで朝食をすませた。例によってホテルにいるバリ人に話しかけられた。「自分でかいているペインティングみてみて」とかバイクでどこかつれていってあげるよ、とか一体商売なのか何なのかよくわからない。「朝食食べるから」といって切り抜けてきた。今日の朝食は普通のタイプにした。
 Dは時間どおりにきた。車をちゃんとレンタルしてきている。Dは車もっていないけれどちゃんと運転はできるんだね。まあ観光客相手の仕事していたら絶対車は必要だものね。バリの車はワゴン車みたいな四駆が多い。山道というよりか凸凹の多い場所が多いので普通の乗用車だとつらいのかもしれない。

↑今日の乗り物、レンタルした車 
1日200,000ルピア保険こみ、ガソリン代含まず
↑今日頼んだ普通タイプの朝食、トーストとコーヒーorティー
手前はフルーツサラダ(バナナ、マンゴ、パイナップルにライム)

■バロンダンスをみる

まず私達は最初の目的地バロンダンスへといった。バロンダンスの場所は観光バスもとまっていて外国人が沢山きていた。入場券は50,000ルピア。ちょっと高い。私だけ支払ってそしたら髪にお花をさしてくれて綺麗な衣装をきたバリ人の女の子と入り口で写真をとってくれる。中にはいってバロンダンスを鑑賞。入場券を買っていないDもなんか一緒に入っている。たぶんバリでは外国人をつれているバリ人はすべてガイドみたいなものだからそれにお金を要求はしないのだろうね。かといってガイドの証明書を確かめたりはしなしその辺は結構アバウトなのかも。
 バロンはかわいかった。沢山の毛をまとい、プリティーといったかんじ。ローカルな言葉は全然わからないけれど日本語でかかれた物語の内容を最初に配ってくれたので内容は大体わかった。ダンスというものはお芝居と違ってせりふが少ないからその分物語というのはシンプルでわかりやすいものなのだろうね。

↑これがバロンのようだ
↑この役がコントのような感じだった ↑ちょっと偉い人?
↑白い髪がかわいくて羨ましかったり・・・。 ↑戦っている様子
↑わるいやつと戦う女の人 ↑最後に記念撮影してくれる。
バロンを正面からみるとこんなかんじ。

■体験ダイヴィング@ヌサドゥア

 その後はヌサドゥアへ体験ダイヴィングへいった。バリにはダイヴィングできる場所はいくつかあるのだけれど、体験の場合はヌサドゥアだといっていた。Dのお友達がやっているマリンスポーツのところへ連れて行ってくれた。車でのりつけるとホテルのベルボーイじゃないけれどかっこいい男の人がドアをあけて「こんにちは」といってきた。この人がDのお友達なんだけど日本語がうまくてハンサムなインドネシア人だった。彼はジャカルタ出身らしい。だから彼はバリのことばでなくてインドネシア語を話す。もちろん私はインドネシア語もバリ語もわからないので日本語で話すが。写真付のマリンスポーツの説明をみせてくれた。そのハンサムボーイ(変なネーミングでごめんなさい)のおすすめは、ジェットスキーとパラセイリングと体験ダイヴィングだそうだ。お友達だから安くするよっていって計算してくれて全部で115ドルといわれた。相場がどれくらいなのかチェックをしていないのと、お友達価格で最初から安くしてくれている幅がどれくらいなのかわからなくて、一体どれくらい値切ればいいのわからなかったんだけど結局1,000,000ルピアにしてもらった。しかもそれを支払うとあとのレンタカーのお金が支払えなくなってDにおごってもらうことになったら大変なので半分後払いにしてもらった。Dとそのハンサムボーイはいつも会っているというので私がホテルに帰ってからのこりのお金をDに渡してDがそれをハンサムボーイに渡してくれると。まあもしかしてDのマージンとかあるかもしれないから私は申し訳ないとか考えないことにした。日本だったらそういうのって面倒かけるとか恥ずかしいとかあるけれどそこらへんが外国だしね、と自分で納得。

↑インストラクターの人たちは皆日本語がうまくて
マリンスポーツで日に焼けている
↑海の様子
←海辺で

■ジェットスキー

 さて最初はジェットスキー、水着に着替えて救命胴衣をつけて乗る準備をした。Dも後ろに乗りたいといってそれは全然OKなんだけど、Dが通訳になったのが問題だった。だってDの日本語は発音がかなり悪くてよく意味がわからない。しかも専門外のジェットスキーの操作に関する単語だとか全然しらないわけだからインストラクターの人の説明を私に通訳してくれたのがもう言葉になっていなくて私は手探り状態で運転をしなければならなかった。しかもジェットスキーの機体がDが乗るときに波で私の足にぶつかって足の親指の爪がちょっと割れてしまった。いきなり流血はするし、乗り方は全然わからんし、怖くてひやひやしたよ。ジェットスキーは人数が多い方が安定するのか知らないけれどDも乗ってその後ろに現地の言葉しか話さない現地のインストラクターがのって3人も乗って曲がるときとか転覆するんじゃないかと怖かった。私は水着と救命胴衣しているからいいけれど、もし転覆したらDはどうするんだろうね。水着も着替えももってきていないし。まあバリの人だから泳げなくておぼれるってことはないだろうけど。しかし足は痛いし怖いし心から楽しめないジェットスキーだった。怖いわ。やっぱり山育ちの私には海は怖いものだということに気がついた。周りをみるとみんなぶんぶん飛ばしているんだよね。原チャリで買い物にいくおばちゃんのような運転はどこをみても私だけだった。

■絶景がみえたパラセイリング

 生きた心地のしなかったジェットスキーも終わり次はパラセイリング。今度は日本語ぺらぺらの現地のインストラクターの説明があったので安心だ。これも生まれてはじめての挑戦で緊張した。あがるときは何もしないでもあがっていくのだけれど降りるときは自分で紐をひっぱらなければならない。下で指揮をする人がいるので、確か自分の右側にあるロープが青で左が赤色になっていてそれを指揮の指示にそって片手(力が足りないときは両手で)引っ張る。たまに下の指示を全然聞いていない人がいるらしいのでちゃんと聞いてくださいねといわれた。さて緊張の時、体にロープ類をつけ終わってあがるときがきた。「走って」といわれてちょっと走るとすぐに体は空に上っていった。最初はその勢いに「きゃーおろして!」という気分になったが(声に出してはいない)すぐに景色が綺麗なので感動した。ビーチの近く、ここに来る間に通ってきたオレンジ色の屋根の住宅、遠くまで続く海、高いところからみるパノラマというのはこんなに綺麗だったんだね。さっき私がいたビーチの場所は下に、あんなに小さくみえるよ。私達はずっとあの地面に這うようにして生活をしているんだね。確かに浮き上がるときは怖いけどこれだけ綺麗な景色を見られるなら是非皆に体験してもらいたいものだと思った。そんなことを考えていると下から拡声器で「はーい、青をひいてください」といわれた。力がたりないみたいで「両手でひっぱってください」。力をこめて引っ張るとした方までおりてきた。そしたら「放して」といわれて放して、そしたら自然にビーチまで降りてきた。あっという間だった。本当上にあがってちょっとしたらもう降りる。ロープをひいっているボートが小さく一周するだけの時間なんだから本当にあっというまで、それだけで何ドルかがとられるなら本当にいい商売だよなと。でもでもそれだけの価値はあるかな。もしまたやる機会があったら絶対もう一度やりたいと思うもん。そしてスカイダイヴィングは怖いけれどパラグライダー?というのかな?こういう綺麗なパノラマが見られる空のスポーツにに挑戦しようかと思った。海を猛スピードで疾走するジェットスキーは私には向いていなかったわ。私はジェットコースターも怖くて乗られないくらいくらいだからやっぱりそういう刺激を求めるタイプじゃないのね(今ごろ気づくか)

■みんなのやさしさ

 パラセイリングの感動もありちょっと興奮気味なのでダイビングまで少し休憩した。Dにさっきのジェットスキーはのろすぎたと言われたよ。うるさいよー。さすがにあんたの日本語全然わからなくて焦ったよ〜とかは心がやさしい私はいわないけどね。待っている間にさっきの爪の手当てをしてもらう。ここのインストラクターさんは皆日本語ぺラぺラでやさしいよ。大丈夫?とかっていって消毒してちゃんとばんそうこうを貼ってくれる。一人でなんでもできる強い女になるようにと言われて生きてきた(うそ)ので、そのみんなのやさしさに感動するよ。

■いよいよ体験ダイビング

 さて最後はダイビング。今回の旅行でSPAと並んで絶対にやりたかったことの一つでもある。ライセンス取得とかも考えたけれど一度もやったことないのにいきなり臨むのもはやまりすぎ?という感もあり今回は体験ダイビングにした。ウェットスーツに着替えてボートにのる。その間にインストラクターさんが説明をしてくれる。体験ダイビングをする人は私ともう一人大阪からきたとい男性がいた。その人はダイビングしたことがあるようだ。私は初めてなので一生懸命説明をきく。なんたって私は心配性。命がかかっているんだから〜と一生懸命になったんだけど、その大阪の人には大丈夫だよ、ここ浅いしといわれてしまう。そりゃそうだけどね。なんでもやってみる前はいきり立ってしまうものなのよ。
 もぐっているとき鼻から息ができないのだけれどそれは結構気持ち悪いものだった。なんだか喉がからからになってしまった。たぶんこれも慣れなんだろうが。海の中は意外と色が綺麗でなかった。でも沢山の魚がいてそれにえさをあげると沢山よってきてそれがたのしかった。えさはもぐる前にわたされた食パンなんだけど魚たちはそれを敏感にみつけてやってくる。突撃してくるんじゃないかというくらいの魚が私の周り、もといパンの周りに集まってきてそれはかなり綺麗な景色だった。インストラクターさんが水中カメラで写真を撮ってくれた。この水中カメラは日本のだからといって値切って230,000で買ったもの。一日レンタカーができる値段だからべらぼうに高いけどまあ仕方ないと思って買ったもの。パンを与えて魚がよってきているところを写真を撮ってもらう。魚のほかにはサンゴ礁とかが綺麗だった。深さは4-5mと深くないからそれほど変化に富んだものをみられないけれど、体験としては適当かもしれない。気持ちが悪くなってもすぐに水面に上がれるし。もしもっと本格的にやりたいなら他の場所にいったらいいし。
水の中が冷たくて寒かった。水の中とはこんなに寒いものなのだろうかとちょっと震えながらすごした。一緒にもぐってた大阪の人は寒くなかったといっていたので私が特に寒がりだからだろうか。

■ダイビング終了、昼食。

 時間になって海面に上がった。それからボートでビーチに戻って男女共用の外にあるシャワーつかって終わった。タオルはホテルのを持ち出してきていたけれど、そこらへんにいるお店の人が貸してくれたのでそれを使った。やっぱりバリの人やさしいわ〜。誰かがごはん食べててもちろん話した事ない人だけど「食べる?」っていってきたりね。フレンドリーなお国柄なのかな。飲み物と昼食もマリンスポーツについていた。ナシゴレン(焼き飯)を食べた。やっぱりスポーツの後はおいしいね。

↑左にあるコンクリートの低い塀と
それに伸びているのがシャワー。
ここが男女共用シャワー場(ルームとはいえないので)
↑ここでご飯を食べたり、
マリンスポーツの申込みをする

■大阪の人と話す

 それからさっきの大阪の人とちょっとお話をした。彼はお友達と一緒に旅行にきたそうだけどお友達は皆昨日で帰ってしまって今日自分も帰るらしい。朝ご飯をつくってくれるメイド付のヴィラに4人で泊まって一人5,000円とかいってたかな。皆昨日で帰って自分一人になったので一泊10,000のところに移ったっていってたけれど私が一泊2,500のところにとまっているといったらそんな安いところもあるんだね〜と驚いていた。東南アジアだからね、探したら数百円のところだってあるはずだよ。もちろん上をみたらきりが無いだろう。前回とまったインターコンチネンタルの施設とサービスは最高だったし、機会があるならリッツ・カールトンやフォーシーズンズにでもとまってみたいよ。でも私には2,500×5日=12,500が丁度よいくらいだわ。部屋も綺麗だしね。まあその大阪の方は私より35歳くらい上で独身でいらっしゃるから経済的には豊かなんだろうね。35歳で独身って言われたときにどう返したらいいのかわからなくて自由な生活がいいですよ〜みたいなことを言ってしまったけど、自分としては結婚したいけどねといわれて、変な発言をしてしまったもんだを思ったよ。私が結婚しない方が自由でいいですよーなんて説くには若すぎるし、私も結婚したいです!なんていうのも、向こうは35歳で私はまだ20代半ばだからどうも二人ともの対面している状況が違いすぎてて逆に申し訳ないような気さえする。こういうときはなんというべきなんだろうか・・・。

■「運転手さん待っているよ」

 大阪の人と海外旅行のお話が弾んでいたのだけれど、Dのお友達のハンサムボーイがやってきて「運転手さん(Dのこと)待っているよ」といわれたので急いで準備することにした。ハンサムボーイさんもDのこと運転手さんっていうのってかわいそうじゃない?って思ったけれど、ずっと待たせている私も悪いやつだよな。

↑塗装のされていない道でぼこぼこしていた。 ↑道路わきの民家など

■若いココナッツ

 前回バリに来たときに気に入った飲み物で若いココナッツというのがあるのだけど、それはまだ若い段階の椰子のみの果肉と果汁に砂糖を加えて飲むというもの。暑いバリでは水分補給のために道路わきなどの屋台で若いココナッツをうっている。私達も道中何度もみかけた。途中立ち寄って買ってみた。Dは私のためにココナッツ屋さんにココナッツを一つ割ってもらってそれでジュースをつくってもらうように頼んでくれた。私は皆そうやって飲むんだと思っていたけれど普通はそうやって飲むのは飲みにくいのでグラスで飲むらしい。前もってココナッツからとりだした果肉入り果汁がそこにおいてあった。それに砂糖とライムを加えて飲むらしい。お持ち帰りは袋に入れてくれる。椰子のみは屋台にいくつも配置してあったけれどそれをそのまま割って飲むのは外国人向けレストランだけなのかもしれないなぁ。若いココナッツはかなりでかい。果汁はストローで飲めばよいけれど果肉はスプーンをつかわなければならない。果肉を残さないで飲むのは難しかった。今度飲むときはローカルっぽくグラスで飲もう。それから私は若いココナツは甘いんだとおもっていたけれどこれは砂糖を加えているからだということを今回知った。砂糖なしで飲んでみたら甘くなかった。そういえば若くないココナッツを中国で飲んだけど甘くなかった。もともとココナッツというものは甘いわけじゃないんだね。少し勉強。

↑こういう道路を走っていると ↑道路脇にココナッツ店発見
↑ココナッツが並べてあるけれど普通はすでに
用意してあるジュースを使う
↑私の為にココナッツを割ってくれている
↑中の汁がでてくるくらいのところまで割れたら、
スプーンで中の果肉を剥ぐ(果肉が美味しい)
それからライムと砂糖を加える
↑できあがり!
↑若いココナッツジュースを飲みに来たお客さん。
奥の帽子の男性は店主
↑椰子の皮?はここに投げ捨てられていた。

■物売りのいないビーチドリームランドへ

 それから「ゆっくりできるビーチ」ドリームランドへ向かった。クタのビーチは街のすぐそばだから便利でいいけれど物売りばかりでうざいらしい。物売りは砂浜にひいて使うサロンを売っているか、或いはみつ編、マニキュア・ペディキュアをするサービスの物売りだ。彼らにとっては私達日本人はみただけで外人だし格好のお客様でかなりしつこくよってくるみたいだ。Dから聞いた話がある日本人がみつ編をしてあげるとい物売りにいくら?と値段をきいたら10,000ルピアだといったそう。それならOKだよとやってもらったところ、みつ編一つにつき10,000だったらしい。だから全部で50本のみつ編で10,000×50=500,000ルピアだったらしい。その日本人は「そんなの聞いていない!10,000っていったんだから10,000しか払わない!」といったそうだけど「なんで!もうやったんだから払ってよ!」といわれて払わされたらしい。みつ編の相場は100,000以上だから10,000といわれたときにきちんと確かめるべきだったとは思うけれど、まあ日本人がこういう値段交渉になれていないというのもあるだろうね。天津でそういうのになれている私は何があっても500,000は払わないね。自分に落ち度があったとしても500,000は高すぎるから、交渉して安くしてもらうだろう。
 そんなこんなでDのおすすめの物売りのいないのんびりできるドリームランドへついた。入るときにちょっとした警備がいた。ドリームランドに行くのか?ときかれてそうだというとなにやらお金がいるようで1,000ルピアDが払っていた。あとからDはいっていたけれどあの1,000ルピアは警備員の懐にいくんだといっていた。車を駐車するところは、ビーチから絶壁とまではいかないけれど険しくたっているところの頂上だった。そこからビーチへは階段がおりているのでそこから降りる。

↑駐車場からながめると・・・ ↑ビーチが見えた!
↑のんびりできそうな雰囲気 ↑波は結構大きいようだ。

 Dがいうように物売りの姿はビーチ全体で一人しかいなかった。波は大きめでサーフィンとボディーボードなどのマリンスポーツが盛んだった。ビーチでは西洋人が体を焼いている。西洋人が一番多かった。次に日本人のサーファー、あとジャワ島からきたと思われる架橋の若い男の子たちの姿もみえた。彼らはまだ大学生くらいに見えたけれどお金もっているのかな、バリに遊びにきましたってかんじかな。宿泊施設は高級ホテルはなくて高級バンガローみたいなのが少しある他は民宿みたいなレベルだった。でも星もきれいに見えるこのビーチで街の喧騒から離れてゆっくりしたするのもいいし、マリンスポーツをするために長期滞在する場合などはよいかもしれない。今度バリにくるならここで一泊したい。学生カップルなどはおすすめかも。

 海は綺麗だったけれど私はマリンスポーツしてきたばっかりで疲れているからまた海で遊びたいという気にもならないし、でもビーチにいくと日差しがきつくかなり暑い。食堂のテラスで飲み物を飲みながら海を眺めることにした。日陰でサーファー達のサーフィンをみているのも楽しかった。私はサーフィンってしたことがない。というのも変な先入観をもっていてサーフィンはちゃらちゃらした人が好んでするものだと思ってやってみようと思ったこともなかった。だけどそうやって人がやっているのを実際に見てみると一度挑戦してみるのもいいかなと思った。単なる食わず嫌いみたいなものかもしれないし、また新しい境地がみえてくるかもしれない(?)猫と犬が寄ってきた。猫ちゃんは私のひざにのってきて離れない。こちらでは人と同じようにペットも人懐こいかな。

↑のんびりとくつろぐ猫 ↑左に同じ状態の人
↑ビーチでのんびりしている ↑これがこのビーチ唯一の物売りさん
↑夕暮れが近づいてきた
↑マリンスポーツする人が多いので
ビーチで泳いでいる人は少ないようだった
↑泊まるところはビーチに隣接している ↑黄昏の人を発見

■ウルワトゥ寺院へ

 ドリームランドから次の目的地、ウルワトゥ寺院までは30分強くらいだ。ウルワトゥ寺院のところでケチャダンスもみられる。ケチャダンス夕方6時からなので早めにいってウルワトゥ寺院をみることにした。ウルワトゥ寺院に入る入り口でチケットを購入して単パンや短いスカート人はサロンを巻きつけてくれる。常夏の国バリだから単パン・短いスカートの人は結構多くて、殆どの人がサロンを巻きつけているようだった。各国語のガイドさんもいるようだった。例によって私の場合はDが私のガイドに見えるので(Dは入場料も払わない)私には誰もついてくれなかったけれど、他の日本人にはDよりもっと日本語の上手なガイドさんの説明がついていてちょっとうらやましかった。Dは日本語のボキャブラリーとか多くて関心なんだけど、発音がすこぶる優れない。インドネシア語みたいな発音方法なので何語を話しているのかわからない。英語もうまくないようでしかもそれもインドネシア語風発音方法。だから何語もインドネシア語を話しているように聞こえてかなり判別するのに労力を消耗してしまう。まあ私の為に日本語をずっと話してもらっているわけだから、向こうも向こうで大変な労力を使ってもらっていること私も理解しないといけないとは思うのだけど、より自然な日本語を私の耳が求めるのはとめられない。

↑この階段を登っていく ↑おさるに何かをとられてしまった人たち

■おサルのいたずら

 ウルワトゥにはおサルが沢山いるのだけれどなかなか悪知恵の働くサルらしい。日本でも観光地でサルに食べ物を奪われたとかカメラケースとられたとかよく聞くことなのでそれの延長だと思っていたけれど実はウルワトゥのおサルはかなり手ごわいことを知った。歩いていくと早速おサルにめがね(サングラスかもしれない)をとられてしまった人がいた。おサルはすばやくめがねをもって屋根の上にいってしまった。お坊さんといえばいいのかな?寺院の人がフルーツをそのめがねを持っていったおサルに投げ与えてめがねに興味を無くし手放すことを期待するのだけどだめだった。ガラスが割れる音もしたしたとえ戻ってきてももうあのめがねはだめだろうな。私はかぶっていた帽子と首からかけるタイプのパスポートとかカードなどしまえるお財布もかばんの中にしまった。おサルにパスポートとられたなんてそういうのは避けたい。ウルワトゥの絶壁の景色の綺麗なところに近づくにつれおサルが増えてきた。その中に子サルを発見した。体が小さくてさらにかわいい。そこにいるおサルはのんびりしていて、ずっとそっぽを向いているし私達人間に興味をもっていないように見えた。でもDは近づいたら危ないから近づくなといっていた。私はかわいい子サルと一緒に記念写真を撮ろうと少しだけ近づいてみると・・・。一緒に撮影しようとしていたおサル後ろから取られてしまった・・・。


とられたのは髪を結んでいたゴム!後ろで一つにしばっていたのだけど、それを髪を引っ張ることなく後ろからそっとゴムだけを抜き取ったのだ!それも写真をとろうとして近づいてから「はい、チーズ」といいはじめるまでの間の神業!あまりに早くて何がなんだかわからなかった。おサルが髪の毛のゴムだけをとるなんて思いもつかなかった。かなりの不意打ちだった。とられやすいものは全部かばんの中にしまって防備万全にしていたのに、髪をむすぶ普通のゴムを、何がついているわけもない単なるゴムをとるなんて。私はウルワトゥのおサルを甘くみていたようだ。腹がたったので取り替えそうかとおもったけれどやっぱりDにとめられてあきらめた。そう、たかがゴムだからたいした損失ではないんだけど、私のゴムを冷ややかな顔で手と口をつかってのびのびに伸ばしているおサルの光景はみてて楽しいものではなかった。しかも私もあきらめた頃にそのゴムも興味を失われたようでおサルにあっさりと捨てられた。のびてしまったゴム、まだ使えるけれど拾うのむなしくて拾わなかった。ほしいならくれてやるよ、日本でわざわざ買ってきたゴム。安かったからいいけど、しかしこれが一本750円したゴムじゃなくて本当によかったと思ったよ。それをとられた日にはかなり憤慨しているだろうなぁ。

↑こんな端っこに座って危なくないのかなと思う。
私から奪ったゴムで遊び中のおさるさん
↑フルーツが与えられると私のゴムは興味の対象
ではなくなり捨てられる
(ちょうど段差のところにある緑色のゴム)
↑下は断崖絶壁 ↑おさるもいいけれどこの景色も絶壁だ
↑綺麗な夕暮れがみれそうだ

■カッコいいおサル

 地べたに捨てられたゴムを残して私達はケチャダンスのある会場の方へ進んでいった。ケチャダンスはすぐ近くで行われている。断崖の絶壁に沿ってあるいていくのだけれど、おサルがその断崖の絶壁沿いに建てられた塀にすわり大海原をバックに夕日に照らされるおサルの姿はかっこよかった。人生の苦楽を知り尽くし無我の境地にでも至っているかのようなそのまなざし。私にそうみえるだけの勝手な解釈だけどしかし一歩足を踏み外したら断崖の絶壁から海へ落っこちてしまうのにその塀にらくらくと座ったり歩いたりしている。動物にはちゃんと危険を察知する能力があって、きちんと自分の安全を守りながら生活しているのであって、その中で人間だったら怖くて近寄れない絶壁も普通の生活場所として走ったりするんだぁと。それでいて人間のものを軽くとってみたりするほど頭いいとなると、おサルとして生きるのも楽しいかもしれない?などと考えてしまった。

↑塀にそっておさるが滞在している。 ↑ケチャダンスの会場はこのさき。
↑わが道を行くぜといわんばかりの顔 ↑妊娠しているこのおさるがかっこいい。
↑腹がかゆいな ↑なんかおちてないかな〜
↑わき腹がかゆいわ ↑美しい夕暮れ時

■ケチャダンス会場へ

 ケチャダンス会場へついた。5,000ルピアを支払って日本語でかかれた物語の説明をもらった。もちろんDは私を連れてきた人としてフリーパスだ。ケチャダンスはコロッセウムのように囲むように客席が設置されているのだけど、正面に座ろうとしたらまぶしいからといってDに変な場所に座らされた。まぶしいってもうすぐ日没だししかも夕日だよ。何がまぶしいんだか。夕日をみながらケチャダンスをみるのもいいじゃないと思ったけれど、もう座ってしまっているDを無視するのも悪いのでそこに座ることにした。入ってくるお客さんを見ていると見たことがある顔が!昨日ナイトマーケットでナンパしてきた男じゃないか!確か昨日会ったときには、今日友達の彼女がくるから一緒に遊ぶ人がいないといっていたけれど、みてみると確かに友達と彼女がきている。ナンパ男は一人のようだった。結局ナンパで今日一緒にすごす人が見つからなかったんだね、友達カップルにくっついてきたとはかわいそう。でもだからといってナンパしまくるのはよくないからね〜。

↑ケチャダンスはここで行われる。
火の回りが黒くなっているのには訳がある。
↑集まったお客さんたち。
日本人とどこの国の人かわからない人。
こうやってとなりに並ぶと顔が全然ちがうなぁと思う。

■ケチャダンス

ケチャダンスとはもらった説明の紙によると・・・、

 ケチャダンスは、50名を越える踊り手によって演じられます。バリ古来の土着宗教崇拝と、海から魔物が陸に上がって来ないように祈る儀式が発展したもので、現在は『ラーマヤナ物語』も採り入れられ舞踏劇に創作されました。オイルランプの灯りのもと、ミステリアスな雰囲気の中、物語が進行して行きます。物語が演じられている間、円陣を組んだ男性ダンサー達は、両手を空に向かって掲げ、「チャ、チャ、チャ」と言う一定のリズムに乗った叫びを繰り返す事によって、睡眠状態に入って行きます

と書いてあった。この「チャ、チャ、チャ」という声ははダンスのチャチャとは全然違って宗教的な感じがする。チヤ、チヤ、チヤにも高低とかあるようで、みんな役割があるようだった。海から魔物が陸に上がってこないように祈る儀式からきていることもあって、この海に隣接しているウルワトゥで踊られているのかなと思った。ちなみにこのケチャダンスは月曜日はどこの村の人、火曜日はどこの村の人と交代でやっているらしい。

今回の物語の詳細はこちら

↑男性ダンサー達は耳に赤い花をつけて
白黒の衣装をつけている。
円陣を組んで「チャ、チャ、チャ、チャ」いう。
↑横から登場人物がでてくる。
↑円陣の中で踊っている(物語を演じている) ↑王妃シータ
↑猿の将軍ハノマンが次では・・・ ↑捕らえられて枯れ草の円の中に放置され、
枯れ草に火がつけられる
↑本当に火に囲まれてしまった。 ↑この火を足で蹴り飛ばして消火
↑最後にはこの猿の将軍ハノマンの足によって
全部消火される、お見事!

■夕食SATO AYAM

 夕食は何が食べたい?といわれたのでSATO AYAM(チキンスープ)が食べたいといっていたので帰りにのおいしいというお店につれていってくれた。チキンスープ専門店というとゴージャスな感じがするかもしれないけれど、チキンスープがメインなローカルなお店だった。常夏な国ならではといえばいいのかお店自体は結構大きいのに外との境に壁がなかった。つまり屋根はあるけれどすべての席が外に開かれている。ここは街の中心じゃないしローカルなお店だから日本人はいないだろうなぁ、もしかして私が外人だから珍しがられるかしら・・・なんて思ったけれどお店の人もお客さんも誰も珍しい目で見ることも無かった。しかも日本人のお客が他にもいた。バリの男性が一人いて、あと日本人のカップル一組+日本人男性一人だった。友達同士で長く滞在しているのかもしれない。バリのお友達にローカルの人がよく行くおいしいお店につれてきてもらったのかもしれないね。どこにいっても日本人にあう街だと思った。中国では上海に行ったときに同じようにどこにでも日本人がいるところだと思ったけれど、バリはそれ以上かもしれないね。
 肝心のSATO AYAM(チキンスープ)だがこのお店では鶏の皮と内臓ともう一つ確か本体?(忘れた!)があった。私はそのもう一つのを頼んだ。Dは皮を頼んだ。それからテーブルに置いてあるスナックみたいな揚げ物をたべた。それは各テーブルに置いてあって多分お客が勝手にあけて食べるのだとおもう。従業員は見ていないようだけどお金はその残ったビニール袋で勘定するのだろうか。揚げ物はいくつか種類があった。私が食べたのはえびのチップスとなんか食べたことのない果物のチップスだった。えびチップスは日本にないから沢山食べてね、とDがたくさんくれたんだけど中国にはあるんだよと思った。もしかしてこれって中国人の人がインドネシアにもってきたのじゃないかしらと思った。食べたことのない果物は食べてみても何なのかよくわからなかった。ちょっとだけ苦い味がした。スープはごはんにぴったりの味だった。濃い味が大好きな私にはぴったり!それからもう一つバリのチキンの揚げ物みたいなのを頼んだけど、これもスパイシーでおいしかった。香辛料で真っ赤になってて手が汚れてしまうけど、ちょうどよい辛さがやみつきになりそう。バリのチキンは小柄で一人で食べられる。日本で鶏一羽食べましたっていうとびっくりだけど、これだとちょうどよい大きさでいい。あと飲み物でアボガドのジュースを頼んだんだけどこれがまた美味で気に入った。バリで果物のジュースというと果物をミキサーにかけて出してくれるのだけど、アボガドが甘くておいしいのだ。アボガドって体にいいからって一時期日本ではやったからアボガドを選んでみたんだけど、甘くてアボガドってこんなにおいしいものだったっけ?と思ってしまった。また後から気づくのだけど砂糖が沢山はいっているようで、だからアボガドが甘いわけではないのだけれど、あのアボガドの食感とかその甘さとか絶妙にマッチしてていい。もしバリで果物ジュースを飲むなら絶対アボガドをおすすめする。

■クタへ戻り

 さてお腹も満腹になり今日の行程は終了した。Dはクタの街へ戻ってまだガイドの活動する予定だったみたいだけど私はもうかなり疲れてしまったよ。とりあえず車に乗ってクタへ戻る。車は快適なんだけどDがテクノが好きらしくてずっとそのテープをかけているのでバリで常夏の東南アジアを感じたい私としては単なるうるさい音楽にしか聞こえなかった。Dにしてみらたらバリはホームグラウンドなのだからアメリカのロックでもアラビアの民族音楽をきいてもレゲエでもなんでも純粋にその音楽を楽しめる状態にあるのだろう。私はたぶんテクノがあんまり好きじゃないから、天津か日本でたまに聞くくらいならいいかなという程度。だからエンドレスにかけられたテクノに車のハンドルで太鼓をたたく(U子のお友達のバリボーイもたたいていたのでバリでは普通なのかも)のは全然のれなかった。

■日本に電話

 ひとまずホテルに戻り荷物を置いて例のごとくホテルの電話は高いのでホテルをでて1分のWARTELにいった。昨日あった大阪の人にテロの後日本の両親に電話していないというと心配しているだろうから電話した方がよいといわたのを思い出した。親元をはなれて7年、うち中国が4年半だしあんまり心配はされない方だと思ってたから電話するなんて考えてもいなかったのだけど人にそういわれて電話してみようと思った。2人姉妹で2人とも海外でているし、テロで亡くなった人の名前に娘の名前が入っていないのは確認しているだろうけどもしかして日本で大きく報道しているかもしれない。電話代はかかるけどしかたないかなー。WARTELでの国際電話の料金は忘れてしまったけれど安くはなかった。日本から海外にかけるほうが安いような値段だった。無事を知らせるだけのつもりでかけてみたらこれてまた音と悪くて全然聞こえない。相手が話しているということはわかるけど聞き取れなくて話にならないし、でも向こうには聞こえているみたいで何か話かけてくるし。ただわかったのは全然心配していなかったということ。私は世話話をするために割高な国際電話料金を払っているのではなーい!と思って「電話代高からきるねー」ときった。いつもインターネット電話Skypeで無料で話しているのとは違うのよ!ということで電話代は950,000ルピアだった。


 それからU子に電話してみた。今日は日曜日で本来ならお休みなのだけど昨日のテロの件で休めなかったから明日休みがもらえたと。だから私と一緒に観光できることになった。空港まで一緒に迎えにきてくれたお友達O君は車もっているので彼の運転でウブドのテガラランを見に行こうと。Dは明日も私のガイドをしてくれる気でいるみたいだったから早く断らなきゃ!Dのガイドはとてもありがたいけれどずっと同じ人と一日中いて、あまり好きでないテクノを聞き(だったらラジオに変えてもらえばいいのだけれど変なところで遠慮する私)下手な日本語をきかされ(インドネシア語を一つもしゃべれないおまえが言うなという話だが)ちょっと気分も盛り下がってしまうから私は昔からの長い付き合いであるU子と遊びにいける方がうれしい。だってもともとはU子が今バリで働いているから遊びにくることにしたのだし。
 ということで心はルンルンで(ごめんね)、でも申し訳なさそうにDに「明日はU子と遊ぶことになったから観光はなしね」と行った。Dは「いいよ、夜帰ってきたら遊びましょうと。」「うん、時間があったら電話するね」といった。

■ナイトマーケット

 Dに明日の予定を断った上に、これからどこに行きたい?というのを「帰る」とはいえなくてまたどこかへ行くことになった。どこに行きたいか?実は夜に行ってみたいところは沢山あった。バーとかクラブとか、バリではどんな感じなのかみてみたかった。でもテロもあったばかりなのであまり人の集まる所に行くのはよくないかなぁと思い行く所が見つからなかった。Dがビリヤードが好きだから行ってみる?といわれてちょっとのぞいてみたんだけど、一度しかしたことがないから乗り気になれなくて昨日行ったナイトマーケットがすぐ近くなのでいってまたカキ氷を食べることにした。カキ氷屋さんはナイトマーケットの入り口にある。一応椅子もあるのでそこでカキ氷を食べた。ナイトマーケットの方をみると今日も沢山の日本人がきているようだ。カキ氷にいれる果物は昨日と同じで頼んでもらった。ちょっとつめたかったけれど、いつ食べてもおいしい。

 その後早めに帰ることにした。明日はU子と観光だ。

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