4日目 黄龍観光

■黄龍へ出発
また朝早く起きてご飯を食べた。さすがに毎日お粥と漬物、マントウ、ゆで卵で吐き気さえ覚えてしまう。美味しくないわけじゃないけど、食べなれない朝ご飯は連続しては私の胃がうけつけられないのだ。今日も寒そうなので昨日買った虎柄ストールをもって出かけた。毎日部屋が変わるので荷物は毎日まとめてでかけなければならない。
 黄龍への道は結構遠かった。しかも完璧なる山道で酔った。さらに王くんが黄龍は4000mの高度のため酸素が足りなくなるとか怖い話しをするので更に気分がすぐれなくなった。
山はすでに高度が高くなっているようで、雪山が沢山見えた。河北からきている人は、「あれって雪山じゃないの?車を停めて写真をとるべきよ」とはしゃいでいた。私は気分がわるかったし、雪山は確かに綺麗だったけど、私達は雪山をみにきているわけではないし、そんなにはしゃくほどのことではない思った。河北省にも沢山山はあるはずだけどなぁ。私は日本の故郷が盆地で山はみなれているからか、或いは連日綺麗な景色ばかりをみているから、目が慣れてしまったのだろう。
 予定では黄龍に着いてから昼食だったらしいけど、時間の関係で先に昼食ということになった。時間がまだ早くお腹があまり減っていなかったし、毎回同じ料理にもう楽しみを感じられなかった。李は私にご飯をよそってくれたりたまにおかずもとってくれるからやさしいけど、すぐに食べ終わってそして消えていくのでちょっと皆に失礼な人だと思った。よく先に食べ終わって席を立つときに「皆さんゆっくり食べて」というのだけど、李も一言そういったらいいのにと思った。けど彼にはそれほどの教養は養われていないのだろうな。最初の夕食のときなんて、皆がまだ食べているときに携帯シェーバーで髭剃りを始めたもの。私は「まだ食事中の人がいるのだから、自分のその行動が他人にどう感じさせるのかまで考えて行動しなきゃだめだ」といってけど、理解されたかどうかはわからない。

■酸素袋購入

 王くんは盛んに酸素袋の購入を勧める。王くんは以前にガイドしたツアーで酸素袋を買っていかないで黄龍にいって気分が悪くなって病院に運ばれた人がいたという。そして黄龍の中には酸素を提供してもらえる場所はなく、次に寄る場所で購入しなければもう買えないという。一旦酸素不足の状態になったら、酸素はすぐに足りなくなるので一人一つがベストだという。酸素袋はデポジットで100元払って返却時に50元返却するシステムになっていた。50元は高い。あんな大型水枕のような袋に酸素をつめて使い捨てのチューブを配布するだけ50元とは。李は所持金がないので購入しなかったけど私はまよった。どうしよう。九塞溝・黄龍旅行で高山病の話しはあまりきかないので、酸素袋を買わせるためのちょっとした脅しかもしれない、それでもきちんと職があって給料ももらっているのに50元をけちって後悔するような結果になるのは嫌だ。備えあれば憂いなしか、やっぱり買おう。
さて酸素袋も購入し準備万端で心配は減るはずなのだったが、くねくね曲がる山道に車に酔ってきた。今日一日空気の薄いところを行動しなければならないと思うと気分が思い。吐き気はそんなにしないけど気色悪くて、李が「大丈夫か?酸素すったらいいんじゃないか?」いってきてくれたのだけど「そんなことしなくていいわい」と思い、不機嫌な態度で拒絶してしまった。後であれは失礼な態度だったと反省したけど、ああいう接し方はあんまり好きじゃないのだよね。そのときはただ静かにしてくれと思った。


■いざ黄龍へ

 やっと黄龍についた。これでとりあえず車酔いによる気持ち悪さは解消された。残るはこれからは高山病にならないかと心配する気持ちによって引き起こされる気持ち悪さだけだ。
黄龍も自由行動だ。本来は4時半に入り口で集合の予定だったがそれでは黄龍で過ごす時間が少なすぎるとのクレームがでて5時集合になった。黄龍は頂上の方へ一つの山を登っていくという構造だった。山へ登る道の勾配はきつくないが長く続いている。王くんは「4時間でちょうどよいくらいです」と余裕のあるようないい方だったので、私達はゆっくり登り、疲れてきたらもってきてたミカンや栗を食べて休憩した。途中、陝西省からのカップルは地図で確認したらしく「まだまだ先は長いから急がなきゃ」といっていた。私達はまだ王くんの言葉を信じていたから特にあせらなかったけど、もし黄龍の全体像を知っていたならあんな下の方で何度も休憩してミカンや栗を食べたりしなかったよ。さっさと進んでいればよかった。


↑黄龍の水は写真に撮るとにごったような水に見えてしまう。



■「迎賓彩池」

 透明の水の彩池が見えてきた。「迎賓」はお客様を迎えるという意味だ。九塞溝の水は「藍」だったけれど、そこは透き通って透明だった。その透明な水に触れてみたくなる。が、そこは池の中に入ることも、水を手で触ることも禁じられている。ところどころに警備員がいて監視している。上を見ると黄色い流れが頂上の方からずっと続いている。黄色い流れといっても、水は透明である。地が黄色なのだ。彩池の水が透明なのは地が白だからだ。黄色い水は写真に撮るとあまり綺麗にうつらない。やはり単なる黄色い土の上で透明な水が目立たないからだろうか。でもあんな大きく長い流れが山の上から下まで続いているところなんてない。前日が真っ青な九塞溝だったため、どうしてもあの藍にはインパクトが劣るけれど、九塞溝と黄龍はあれだけ近距離で世界遺産に別々に登録されるだけあって、一つ一つの重要性がうかがわれる。黄龍は水や池の他にも、野鳥や綺麗な植物もある。国慶節のため観光客が多く、充分に写真をとったり、回ったりできなかったけど、時間的余裕をもってみてまわれたら沢山の見所を堪能できたんだと思う。

迎賓彩池 迎賓彩池

↑迎賓彩池 微妙な青のグラデーションが私達を迎えてくれる


■洗身洞

洗身洞

↑洗身洞 滝のような絶壁に一つ洞窟のように穴があいている
洗身洞の上

上からみると見事に絶壁


 

■「飛瀑流輝」、「蓮台飛瀑」

 ここでは写真撮影は大変だった。写真撮影用の場所が用意されていなから、通路で歩いている観光客を止めて写真をとらなければならない。すぐ側の人は「すいません、ちょっと待ってください」といったら一応待ってくれるけれど、あとから来た人はその光景をみて気がついて待ってくれるということはない。大体、他人が写真をとっているとかあんまり気がつかないみたいで、知らずに被写体の側まで来てしまう。だからそこでまた「ちょっとどけてください」といって待ってもらって、また新たな人がこないうちに撮影を急ぐ。人が沢山立ち止まっていても写真を撮っているとか思わないというか、そこまでまわりに気をつけていないのだ。ひどかったら話しかけていることすらも気がつかずずかずか進んでしまう。そこで写真撮影が失敗したことを察したら、最初に待っていた人がそのすきに歩いてでていって、そしたら誰も待つ人はいなくてまた後から来た人を止めて、、、と同じことの繰り返しだ。だからここでは声が大きく、強引な態度が必要だ。その点は中国人の李と一緒にきていてよかった。

綺麗な水

↑透明度が高い
滝

↑バックには雪山がそびえる
藻のはった池

↑ここだけは水の中に藻が張っている


■日本人女性をみかける

 下手な日本語と変なフォントだったけれど日本語の説明プレートもあり、そこは九塞溝よりもっと観光地という印象を感じられた。黄龍は自力で登るのにたいして、九塞溝は観光用バスが通っているのでその点では、九塞溝の方が観光地の雰囲気があるけれど九塞溝では日本語も日本人もみかけなかった。黄龍ではトイレを待つ間に駅で配られるポケットティッシュをもっている日本人らしい女性をみかけた。最初みたときは特に注意してみていなかったから日本人だと気がつかなかったけれど、ティッシュに気がついて改めてみてみると、服装やカバン、髪型が日本のものだった。話しかけようかと思ったのだけど話しかけなかった。プライドというものからだろうか。だって彼女は日本人らしい格好なのに、私の方ときたら日本ぽくない虎の絵のストールに、天津で買ったボア付きGジャン、イタリアで買った柄付きのパンツで、一点一点はそれほど悪くないのかもしれないけれど、その組み合わせ方に日本人らしいセンスが全然なかった。だから「日本人ですか?」なんて話しかけて、「え?(日本語の話せる)中国人?」みたいに見られるのが嫌だからか。それに李という中国らしさ一杯の中国人と一緒にきていて、かなり中国ナイズされた日本人って思われるからだったのか、でも後から考えたらそんなつまらない考えは追っ払って話しかけたらよかったと思った。大勢の日本人はみかけなかったので日本人ツアーではなかったし、国慶節という時期に休みがあるということからみて、こちらで生活していることに違いない。留学生か仕事しているか、、、多分年齢からみて前者だと思うけど、でも中国のどこに留学しているとか、中国にきてどれくらいか、どうやって旅行しているのかとか、全然接点ないかもしれないけれど、きいてみたらなにかあるかもしれない。そこで話しだけでもしてみることで何か得られるかもしれないし、そうじゃなくて嫌なおもいをしてしまっても一時のことですぐに忘れるのだから、絶対一言話してみればよかった。私がみかけたときは一人だったけど、一人で中国人ツアーに参加しているのだろうか。ああやって旅行にくるのは大体中国生活の長くないひとだと思う。具体的には留学期間が2年未満の留学生、または中国に赴任したばかりの人。もちろん統計はとってないけれど、私の観察するところでは、2年未満の留学生人や中国に来てからまもない人は色々計画立てて旅行するし、そして何度か旅行行ったらその不便なところに疲れたり情熱を無くしてしまったりでそのうちに行かなくなるパターンが多い気がする。仕事で来中している人は休みには日本に帰国することの方が多いので旅行の機会は更に少なくなるし。滞在年数が長くなると中国国内旅行への興味も薄くなりがちでもある。実際天津で私のまわりにいる日本人で「次はどこどこいってきます」などの話しあまりきかない。日本に帰り休暇を過ごすのが一番多く、やはり旅行の計画をしている人は、来中半年あまりのKさんとか、中国人女性と結婚したMさんとかだ。私は旅行が趣味だから年に3回旅行にいっているけど。旅行の好きな人にとって中国滞在はとても魅力的かもしれない。

黄色の流れ 黄色の流れ

↑歩道は黄色の流れに沿って、流れは頂上へと続く。


 黄龍では基本的に登りと下りは別の道になっている、途中で交わるところもある。それに道を間違えたのか逆行して降りてくる人も数人いた。最初はゴミのようにいた人だったけれど、途中までいったら段々とまばらになってきた。でも写真スポットには何時も人が一杯。写真撮影は大変だった。並んであいたらすぐに被写体が場所を占領して、人が入るから「のけてくれ」っていって、そしてやっととれる。でも普通のカメラの人は人が入ってしまった人沢山いたみたい。前の人が入ったとかなんとかでちょっとけんかっぽくもなっていた。まあでも今は昔に比べたら「のけてください」っていういい方も少しずつ文化的になってきて、よくはなったのかなっておもった。
さすがにあれだけきれいで、あの黄龍の水にも触れることができないようになっているところだけあって?ゴミがすくなかった。そういえば、九塞溝で水の上につくられた木の歩道の端っこに捨ててあるペットボトルを李がみつけて蹴って水の中に落としいれた場面があったけど、それも信じられなくて何にも注意ができなかった。ああやってゴミを落としたら誰かが拾わなければならないわけだよ、拾われなかったら汚染なわけだし、あんなに綺麗に整備してあるところに、どう考えてもぺットボトルが自然に帰る材質ではないし、自分のその行為が引き起こす影響を頭で想像できないのだろうか?大の大人が一瞬の遊び心だけでペットボトルを蹴り落とすなんて本当信じられない。三峡下りにいったときも船の中ならカップラーメン食べ残しから野菜とかビニールまでなんでも三峡に捨てるのに驚いたけど、九塞溝・黄龍はそういうのはみかけなかったけど何故だろう。単に掃除が行き届いているだけなのか、長江のように水が濁っていないから捨てようという気がすくなるなるのか、それともわたしが見かけなかっただけで沢山すてられているのか。旅行に参加している人は基本的には生活に余裕のある人達だから、ゴミをゴミ箱に捨てる習慣のある割合が高いはずなのに。あのなかで李が一番庶民的で文明的精神から遠いひとだったかもしれない。



■争艶池群

黄龍の中で一番美しいといわれる争艶池群。黄色の流れがずっと続く中、急に現れる透明な水は一際美しく見える。

彩池

↑つい手を伸ばしてみたくなるくらいすぐ近くまで近寄れる
彩池

バックの山々に彩池の水が映える


■ひとつめのお寺(黄龍中寺)

 黄龍の頂上への道はきつくはなかったけど長かった。籠にのって降りてくる人をみていると、ぐったりとして酸素のチューブをを鼻にあてていて「おお、大丈夫かー」て心配した反面、自分はああならないっておもった(結局私も帰りは頭痛がひどくて一部籠に乗ったけど)ところどころ写真をとりながら進んだけれど、でも最後の方はカメラもしまってひたすら登った。途中まで続いていた黄龍は見えなくなりここからは林にはいる。林をずっとすすむとお寺がみえてきた。黄龍寺は明代に立てられたそうで前寺、中寺、後寺と三つの寺が建てられ黄龍寺と総称される様になったが、現在残っているのは、中寺と後寺だけである。ここは中寺だろう。お寺には興味はあったけど時間がおしていたので中まではいくのはよそう。李は昨日お寺で無理やり線香を買わされたこを思い出して「昨日みたいなことはやめよう」といった。焼香をけなすことはしたくないけど、昨日の無理やりお線香を買わされたのはやはり問題だとおもう。道に沿って露天がでていた。フランクフルトやポテトが売っていて一瞬「食べたい」と衝動にかられたけど、それは私の想像の中にあるフランクフルトではないことを思い出した。中国なのだから違うのはあたりまえなのだけど、頭の中でああいう露天は美味しいフランクフルトが売っているってインプットされていた。たまに自分が外国にいることを忘れてしまう。ここは日本でないということを再認識して、時間もないことも思い出して先を急ぐことにした。そこであと700mで頂上とか声がきこえてきたのでうれしくなった。坂もそれほど急ではなかったし、先はもう見えた!などとおもった。けどなかなかつかない。坂もちょっときつくなってきて息がきれてきた。すると新彊から来ていた夫婦が降りてきた。私たちが5時に麓まで帰ってこなそうなのを察して、『5時に入り口集合だよ』 って言った。「頂上まであとどれくらい?」ってきくと「15分くらいかな?でも君たちの速度だったら無理だよ」とかわいらしく、いやみなく教えてくれた。あの旦那さんの普通語がつたないから子供がしゃべっているようにかわいくきこえるのだろう。それにあの人は顔が万年笑顔のような人でいやみにきこえない。でも確かに彼らにあったときは上り坂だったからかなりスピードは遅かったけど、そんなこと言わないでぇ。ちゃんと5時に麓にもどるからさ。

■頂上到着!

 2つ目のお寺(黄龍後寺)が見えてきた。やっと頂上だ!頂上は一番美しい景色が見られるといっていたのに、水がみられない。水はどこだ?ふとまわりみると、まだ登るところがあった。まだあるのかー。お寺が頂上じゃないのか。もう疲れていたし、もうすぐ4時(集合の1時間前)になっていたので、もうあきらめようかと思った。5分ほどぼーっとして、写真をとって、でもこれから後悔しそうだったから登ることにした。登るところは2箇所あったが近い方の高台にいった。きつい階段だったけど距離は短かったのですぐについた。そこからは「????」がみえた。上からみると綺麗だった。写真にとると小さくしかも高さがたりないのか全然綺麗に見えなくて寂しかった。ズームが2倍だからたりないのかな。もうひとつの高台の方は彩池から近いのでたぶんもっと綺麗だったろうけど、もうそこまで行く時間はない。そして自分も体力的にも動きたくなかったので、いかなかった。やはり計画性は大切だと思った。地図がないのも関係したけど、それでももっと早めに行動して、自分の行きたいところで充分な時間を裂けるようにしたかった。李はああいう景色に興味がないから、しんどい思いをして山に登りたくなかったみたいだったので、登り終わってちょっと安心したみたいだった。

2つ目のお寺

↑二つ目のお寺、黄龍後寺


↑やっとついた。一番の見所のはずだけど、
…悲しい遠すぎる


■カーップラーメンで腹ごしらえ

 お寺の正面にちょっとした出店がある。カップラーメン、ビスケットなどのお菓子、お水を売っている。安心したのとお昼ご飯が早かったのとあって、何かが食べたくなった。李が「カップラーメンを食べてかえれるんじゃないか?」っていうので食べることにした。あとから考えたらこれが時間を食ったのだけど、そのときはすごく食べたかった。10元で超高い。場所が場所だから仕方ないのか。仕方なく10元払う。すると李が小銭がないというから2人分20元払わされた。普段カップラーメンを食べないから市場価格はよくわからないけどおそらく1個3元くらいでしょう。2個で6元くらいなのに20元も払わされるなんて…。幸いお湯のストックがあったのですぐに準備ができた。中国でカップラーメンにソーセージを入れて食べる習慣があるけど私はどうも慣れないので李にあげた。カップラーメンは極普通の味だったけれど超美味しく感じられた。李よりも先に食べ終わった。李は南の人だから麺類は殆ど食べないのだけど、お腹がすいていたから麺を全部たべさらにスープまで全部飲んだ。確かに彼がカップラーメンを食べるのは相当少ないことなんだろう。普段市政府のお偉いさんと食事にいって食べさせてもらっているし、日本人の私の方がよほどたべているだろう。食べている間、座るところがないので出店の椅子に座っていたから何度も李は「フィルムはいくらだ?」とか、「この豆は乾燥していないぞ!」とか話しかけられていた。李はスーツをきていたけどあの場所でラーメン食べていたら働いている人に見られるんだろうね。たぶんあんまり相手をみずに話しかけるそういう習慣のせいでもあるだろう。私達がラーメンを買った後広東省からきたおじさんたちがラーメンを買っていた。広東語を話しているので広東省の大陸人か香港人なのだけど、普通語がまあまあ上手いこととその人達の言動からみて、香港人ではなく大陸の人だろう。お店の人が「今お湯をきらしている」といったら「早くしろ、早くしろ」とうるさい。そして「ゴミを捨てるな」とお店の人がいっているのに地面に落とす。すぐ側にゴミ箱があるし、そこに捨てるの面倒ならその店にそのまま置いておけばお店の人が捨てるのに、黄龍の地元の人にまで「ゴミを捨てるなっていったのに、あなたは私の話をきかない」と注意されていた。普通に考えたら広東省地区の人の方が裕福で、人々の教育程度が上のはずだ。しかも旅行に来るくらいの人なんだからあきらかに農民や教育を受けていない人ではない。それなのに平気でゴミを捨てる。これは教育程度というよりはむしろ、ゴミは低レベルの人が片付けるものという意識がそうさせているのかもしれないと思った。中国にはゴミ収集や掃除の仕事は教育を受けていない馬鹿な人がするという考えがある。そのため私の会社でも毎朝掃除の時間があるのに掃除をしようとしない。自分は高等教育を受けたホワイトカラーだから掃除なんて自分がすることではないと思っているのだ。かわって、黄龍で働く側の方は、自分の営業区域で捨てられたゴミは自分が拾わなければならないからなのか。環境保護や自分達の故郷をきれいにしたいという意識があるかどうかはわからないけど、でも行動としてゴミを拾うことを実行できているのは、あきらかにあの広東省の人たちよりすばらしい。九塞溝・黄龍はゴミという点でみても、他の観光地に比べてよく管理できているところだったとおもう。水にもさわることができないように警備員も沢山いたしよかったとおもう。観光地として成り立ったばかりではないという歴史が感じられた。もちろんゴミの徹底はここ数年のことだろうけど。

■ラーメンで満腹、下山

 ラーメンをたべてすぐにはうごけないので、5分程休んで降りはじめた。そのときすでに4時15分だった。急いで降りた。でも降りるときは登るときの3倍の負担が足にかかるというし、急いで降りて高山病になるのも怖いのでそんなに急げなかった。登ってくるときには人がゴミのようにいたのに下りる人はすくなかった。すれ違う人力籠も少なくなったし、帰りに通りかかった写真スポットも人が2,3人いるくらいだった。私達が写真撮影した時もこんなに人がすくなかったらよかったのに。
 下山途中倒れているおばさんがいた。おばさんは家族ときていて、幸い家族がおばさんをみていられたのだけど、家族はあんまり大変そうではなかった。意識がかなり遠くなってきて話しをすることができない状態なのに、ちょっと休んだら治るわ、程度だった。おいおい、そんな風には見えないぞ。私たちは酸素も沢山のこっているし、いまのところ元気ということで、酸素を分けてあげることにした。見ず知らずの人で、向こうから助けを求められたわけじゃないけど何もしないのはちょっと心苦しい、もし私達が離れた後もっとひどくなったらかわいそうだし、年齢も50代くらいだったので青年でなはいのでやはり心配だった。すこし酸素すったら本当によくなって意識がはっきりしてきた。5、6人一家族で行動しているのに酸素袋を1つも買ってきていないのはかなりケチって思った。でもとにかくおばさんがすぐによくなってよかった。役に立ててちょっと嬉しかったし、人助けをすると心がすがすがしい。いつもセコイ考えしかしていないから、ひさびさに味わう、手助けして感謝されたときの感覚が心地よかった。おばさん家族に感謝されて心地よい気持ち再び下山した。しばらくすすんでもう一度酸素吸おうとしたときに、管の空気の出し入れを調節するところを開いていなかった。に?もしかしておばさんにあげたときも実は酸素でていなかった?真実は風の中に、、、。結局おばさんは元気になったので酸素がでていてもでていなかったとしてもよかったということだよね。

■人力籠にのる

 段々と涼しくなってから頭が痛くなってきた。風邪だったのだとおもうけど、でも高山病の症状に頭痛があるのを知っていたから(知らなきゃ平気なものなんだろうけど)慎重になってしまった。倒れたらどうしよう、余計に5時には間に合わなくなる、とか一人で考えてしまう。時間にも間に合って、体調的にも一番良いのは籠にのって帰ること。だけど李にお金がなく、かといって私だけ乗って帰ることのは失礼だし、とびきり安い籠はないのだろうか。登ってくる籠の人に値切ってみた。「70元のところを40元にして!」ダメだった。どこから乗って何元払ったとか監督する人がいるから決まった金額しかだめだっていわれた。でも思うに、どこからのったかは誰もみていないからわからないものだよね。そういって交渉したのだけどそのときはダメだった。また何人か話しかけて、4人目くらいかな。30元でOKって人がいたので乗った。陽気なおじさんだった。かごは竹は丈夫なので折れないとわかっていても、数本の竹オンリーのつくりはちょっとこわかった。乗ってみたら結構高さがあって、階段をおりるたびに、前に一気に下がるので落ちそうになる。人力籠の仕事はおっちゃん2人で担いで山から麓を上ったり降りたりする。一日往復するのかはききそびれたけど、大変そうな仕事だ。たぶん随分昔からそういう力仕事をして体力はあるだろうけど、ある程度歳になったらやはり体にこたえるのではないかとおもう。労働集約型は過酷だと思った。映画『山の郵便配達屋』さんを思い出した。

■やっと麓につく

王くんは4時間あったら登って降りてくるのにちょうどいいくらいだっていっていたけど、実際登ってみて体力に自信がない人は4時間では頂上までいってもどってこれないと思った。私達は一番年少のはずなんだけど、頂上まで登ろうとしたグループのなかで進度が一番遅くて結局集合時間に遅れて皆を1時間待たせてしまった。李はそんなことにまったく申し訳なさを感じていないようだったけど、私は本当に申し訳無かった。時間は貴重なもの、まして旅行中は本当に限られた時間だから。山に登って過ごすのも、早めにかえってきて過ごすのも同じ時間であり、それは各自の自由だけど、それでも自分の都合で人を待たせる時間は罪深いものだとおもう。河北の人達が「残った娘さんはヤクを放牧すればいい」と話しをしていて、勘違いかもしれないけど「私のこと?!」とか思えて心が痛かった。李は「5時に集合だから」っていったら、そんなの「不所謂」何時だっていいんだ、ってかんじだった。九塞溝のときは皆遅れてきた、というかバスとかガイドが朝から遅れてくるから集合時間なんてあってないものって思っているんだろう。私は皆がバスとガイドの時間を守らないことを批判している様子からみて、今日はみんなきちんと戻ってきそうだなって予感をかんじたんだけどそれはあたっていた。まあ王くんが3時に戻ってきた人もいるし、大体皆は1時間は待ったということで、真実はどうなのかわからないけど。それでも私は本当に申し訳ないって王くんにいったら、大丈夫だよ僕がいっておくから、って超やさしかった。きっといつもツアー客が時間に遅れまくるし、そして客に怒ってもあんまり意味がないというのもあるし、そのへんは気にしないようになったのかな。

■茂県へ向けて出発

 皆を一時間待たせてしまったのでしょんぼりしたままバスは出発した。運転手は暗くなったら道が運転しにくいからって理由であんまり遅い時間を設定しなかったんだけど、私たちがバスについたときもう5時半だったので、すこし暗くなりかけていた。行きに通ってきた道をかえったけど、「行きは綺麗に見えた雪山も暗くて全然意味ないわ」とたぶんいやみだろう、すぐ後ろの席の河北からきたおばさんがいっていた。河北省からきたおばさんはそうとう雪山がお気に入りの様子だ。まあ私は何いわれても仕方がない、黙ってた。ただ彼等がわすれてくれることを待っているだけだった。
 行きと同じ道山道を引き返し、今日は茂県まで戻るそうだ。茂県までもどらないと明日成都まで帰るのに時間がかかりすぎるからだという。しかし黄龍から茂県までかなりの距離だ。茂県に着くのは夜の10時すぎになるという。
 すぐに日は沈んで真っ暗になった。バスの中では、昨日の歌舞晩会の容中爾甲と特に有名でない香港映画とハリウッド映画が順番に流される。これだけ長い時間のっていたら同じVCDが何度か回ってくる。誰がみているのかしらないけど、誰かの要求でVCDはずっとついたままだった。私は寝て過ごした。黄龍から降りてくるときから始まった頭痛であたまがきりきりしたので寝ているしかなかった。
 途中車を洗うといって停車した。ホースで水をかけて洗車していた、もちろん人力。そこでも小さな出店が並んでいて果物と「花椒(トウサンショウ)」などの乾物を売っている。李は茹でたとうもろこしを食べていた。美味しいよーって勧められたけど食べなかった。私は日本のとうもろこしの味になれていてどうも中国がたべられない。このあたりのとうもろこしは他のところより甘いらしいけど、李が選んだのを味見してみると時期がすぎているのかすかすかで硬いので結局甘さがわからなかった。頭痛がするので風邪薬が飲みたくて王くんに薬は売っているかきいたのだけどなかった。漢方薬になる漢方は売っているけど、旅先で漢方薬をせんじて飲むことはできない。ホテルのそばにははあるかもしれない。もうしばらくの我慢だ。

■茂県到着

 夜の10時半にやっと茂県のホテルに着いた。あたりはもう真っ暗だ。そのときには、私は長時間の乗車の疲れと、頭痛で気分がすぐれなかった。待ちに待った夕食だということで、お腹をすかせている皆はすぐにご飯を食べにいったけど、私はご飯は食べられそうになかった。今すぐ寝たい。王くんに気分が悪いからご飯は食べないと告げると、ご飯を食べないと体に悪いから食べないとだめだよと盛んにいう。でも車酔いで胃が気持ちわるいのに食べたら更に気持ち悪くなりそうだ。バスの中で休んでいるといったら、バスは空気が悪いから降りてテレビでもみて休みなよという。そして降りるとそのホテルの人がでてきて、またごはんを食べよと私を説得してくる。気分がわるいから食べないと私は連呼する。彼らは私が嫌なことがあって、あるいは旅行に文句があって「ご飯なんて食べないわ!」と拒否しているとでも思ったのだろうか、しつこくたべるように勧める。「皆はうれしそうにご飯食べているのに、君だけがうれしくない」といっていた。そうではないでしょ。車酔いと風邪をひいたみたいなのよ、純粋に食べられないのです。わかってくれよー。何度も重なるご飯たべよう攻撃に私はテレビをみることだけには納得した。テレビの前に椅子を持ってきてくれてそこに座らされた。なぜそんな通路で皆が食べ終わるのを待っていなければならないのかよくわからなかったけれど、とりあえず座ってぼーっとテレビをみていた。さすがに夕食全部を食べさせるのはあきらめたみたいで今度は「麺があるからたべてみなよ」とか単品作戦がきた。気にかけてもらえるのはうれしいけど、もういいよ。麺といっても油は入っているし、日本のそうめんやざるそばのようなさわやかさは得られない。中国の麺は好きで良く食べるけど、今は食べられない。「果物あったら食べたいな」とちょっといってみた。そしたら運ちゃんが反応してくれて「りんごを一つもってきてくれた」さらに果物ナイフで綺麗に皮をむいてくれた。やさしい。中国ではりんごの皮をむかずに食べことが多いのに、わざわざむいてくれるなんて、外国人だということを考慮してくれたのか!?やっぱり中国の男性はやさしい。りんごもとても美味しく感じる。今日の夕食はこれで充分だわ。

■薬を買いに行く

 テレビをみてはいるものの、中国語で話されるテレビは100%楽しめるものじゃない。いつまでテレビの前で待たせるのか、私はいつになったら部屋に戻って眠れるのだろうか。李はなぜかガイドや運ちゃんと一緒のテーブルについている。ツアー客はツアー客と一緒に座って食べるはずなんだけど。「私の部屋はどこ?」とききにいった。するともうとっくに部屋の分配は終わっているそう。「は?私の鍵は?」といったら、王くんは李に渡していたらしい。私はさっきから気分がすぐれないっていっているのに、部屋の鍵を私にあづけるのはいいけど、私に渡してくれなかったら部屋に入れないのだよ。むかついて言った「あんたらは私に一体いつまでテレビのところにいさせるつもり!」そしたらご飯を食べていた王くんが、薬を買いに行こうと言い出した。となりに薬局があって、私が風邪薬を買いたいっていってたから今買いに行こうという。私の質問にこたえていなじゃないか。全く、話しをそらすな。むかつく。
 薬屋のお姉さんに風邪ぐすりが欲しいとつげた。そして漢方薬がいいと付け加えた。中国では西洋医学と中国医学(漢方)がある。薬も厳密には漢方薬の中に西洋医学の成分を含むものもあるが、基本的には同じように西洋医学と漢方に別れている。私は天津で頻繁に風邪をひいて薬を飲む機会が多いので、症状がひどくないときは副作用の少ない漢方薬を飲むことにしている。今回の風邪も頭痛がして気持ち悪いけど、風邪気味と車酔いが重なっただけなので漢方薬で様子をみようと思ったのだ。するとお姉さんは「あなたは妊娠しているのではないのですか?正直にいって大丈夫ですよ、影響のない薬を紹介しますから」と言った。…え?なに?…聞き取れなくて黙っていると思った王くんがさらに言う「お腹に子供がいるのじゃないかってきいているよ」…ああ、それはききとれますよ、それくらい。それよりなんでそんなこときくのか。日本でも中国でも私の年齢は妊娠しておかしい年齢ではない。がしかし、中国で漢民族の一般的感覚では結婚してから子供ができるのが普通。とすると、私は結婚している人にみえるのか。何が私を既婚者にみせたのか。相変わらず虎のストールと、中国で買ったボア付きGジャン、イタリアで買った柄付きのパンツで特に大人びた格好ではない。まあ、中国の法的に結婚が許される年齢が23歳だから、私も23歳で結婚しててもおかしくないのだけど…。それにしても心外な質問に驚いてしまった。あとで王くんになんでそんなことをきかれるの?ときいたけど、あの薬局のお姉さんは私は結婚していると思ったらしい、ということだ。はじめて既婚者に間違われた。

■ホテルで休む

 結局漢方薬の内服液を買って飲んだ。内服液のお薬は漢方なので少し苦いけど私は好きだ。効き目があるようなきがする。
今日とまる部屋も相変わらず寒い部屋だった。このホテルは茂県にあり一番成都市に近いのに、一番設備が悪いような気がした。トイレが和式でその上にシャワーがある。つまりトイレのなかでシャワーを浴びているような感じだ。お湯のでも悪い。トイレの水は手動で操作する。お風呂はあきらめた。足をすべらせてトイレにはまったら嫌だし、タオルを落としてしまってもブルーになる。さっさと寝よう。

5日目 「成都へ移動」へ

3日目 「歌舞晩会」へ戻る




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